2026年5月30日 9時36分03秒 (Sat) 「女の子らしく」「男の子だから」これって価値観の押し付け?

おはようございます。
メンタルコーチ いじまけいこです。

今朝の北海道新聞18面に
【「女の子らしく」「男の子だから」子供に言っていませんか?】
そんな見出しを見つけました。

img_20260530-100628.jpg
北大の教授が「(大人の)価値観を押し付け苦しめる」というコメントを載せていました。

これは特に【性別による「らしさ」を求める声掛けの子供に与える影響】についての記事のようですが、
本当に難しいというか、面倒くさい世の中になってきたなあと思います。

この記事に関して30~50代の大人の意見も載っていますが、賛同の声でした。

私は『女性に見えるおばあちゃん』を目指しています(笑)
それは、私が自分の性別に違和感なく生きてきた、という背景もあると思います。
なぜか女性で生まれてきたので、それはそれで、❝良く❞受け止めたいと思っています。

もちろん、昭和、平成と仕事をして生きてきた中では、
『女性で損をした』と思うことはたくさんありました。
今でも、年金の額とかねぇ、同じように働いてきたのに男性の額面のほうが多いと、感じています。

話がそれてきましたね(笑)

「女に子らしく」「女の子だから」と母や祖母に言われていました。
行儀とか、言葉遣いとか、思いやりを教わるときに、出てきた言葉だったと記憶しています。
子供心に、『ちょっと面倒くさいけど、女に子は優しくて品があっていいものだ』という風に受け止めていました。

そんな私が歳をとって、地下鉄などで見かける女子高校生くらいの年代の人を見て、
行儀やマナーの悪さに、ちょっとゾットしています(笑)マジです(笑)
『親も言わないのかな』とみています。

「女に子らしくしなさいね」
「女の子なんだから、いつかお母さんになるかもしれないんだから」
どこが悪いんだろう?どこが価値観の押し付けなんだろう?納得できていません。

そんな性別のことを言うと価値観の押し付けとか、偏見というなら、
そもそも生まれ落ちた家の環境も、大きな偏見の対象になるのでは?

私は母子家庭の子なので、しかも狭いアパートぐらいだったので、
学生時代から、そこは、私の触れられたくない部分でした。
お父さんが立派な会社に勤めていたり、スゴイ職業の人だと、
もうそれだけで、そこの家の子供は素晴らしく見えたものだし、評価もされていたようにも思えます。

言いたいことは、性別のことだけが、自分の思うようにならなかったわけではない、ということ。
それでも、人は自分が生まれ落ちが場所と親と環境を避けられず、
だからこそ、もがきながらも悩みながらも、人として成長し自分の人生を見つけていくのだと、
TAでは学びます。
その根底には【ストローク】という理論があります。
誰もを、認める、承認する、もっと言うと愛を注ぐということです。
自分のことも認める、愛を注ぐということです。

そのストロークの理解なしに、「価値観の押し付け」云々だけを語るのは、なんか微妙。

偏見や批判は、もちろんダメです。
性別に対しても、もちろんです。
そこを自他共に受け入れる、認める、必要であれば、自分なりに変えていく!
それが大事なのかと。

腫れ物に触るように、痛みのある所を避けてばかりでは、それって承認しているのかな?

TAでは、
【人は承認欲求を満たすために生まれ、生きていく】と言います。

なんか今日の記事には違和感を感じてしまったので。

女の子らしく!
女の子でいることを楽しめるのなら、楽しむために必要な常識というベースを、教えないよりは教えたほうがいいと思う私です。


今日もいい日でclover