2024年10月17日 14時08分27秒 (Thu) 否定される『職分』と衰退する生活音

おはようございます。
メンタルコーチ いじまけいこです。

以前の居住先(分譲マンション)で、いろいろ感じることがあった。

例えば、
昼間にピアノを弾くと、「うるさい」と言われ、
テレビを見ていれば、わざわざ電話がきて「自分の家にまで大きく聞こえる」とどなられ、
小型犬のペットが少しでも声を出すと「バカ犬」と殴り書きの紙が舞い込み、
「犬の毛が飛んできて洗濯物が干せない」とクレームがきた。

外で学生が雑談をしていたら「喧しい、不良か!」と苦情が出て、
目の前にある公園の盆踊りも、いつしか20時で終わり
朝のラジオ体操も目覚ましの変わりにはならなくなった。

うちのははが早朝に倒れ、救急車を呼んだ。
「朝から迷惑だ。うるさい。眠れずひどい目に遭った」と
母とふたり暮らしだった私は、
頭がおかしくなりそうだった。

例えば
赤ん坊は泣くのが仕事、
犬だって吠えるのが職分だ。
緊急事態では救急車をよぶこともあるだろうし、
小学生だって、中学生だって、大笑いしながら話したいだろう。

それがダメになった?いつから?

そうそう、あのとき、
「母が心臓発作を起こしまして・・」と
言い訳的反論はしてみたが、
同情する人はなく、
その後、私は何をするにしても目立たぬように小さく小さくなって過ごすようにしていた気がする。

しかも、ゴミステーションでも、エントランスでも、
挨拶は空しく一方通行

そのマンションは手放し、今があるが、
どこかでずっとくすぶり続けていた腑に落ちないもの。

生活音じゃん!!
って、拳を握りしめても、特に取り柄の無い私は、
差し障りのないほうをみるようにしていたかも。

テレビで花火をする場所が無くなっていると報道していた。
保育園をたてるのも反対する住民が居ると報道していた。

どうする?日本?!じゃないのかなぁ。


最近、救急車をよくみかけるので、
なーんか、思い出しちゃった。
あ、母も亡くなり、ペットも亡くなりました。
そして私は、生活音って、どこか安心できるので、スキです。


今日もいい日でbell