2021年4月18日 11時06分15秒 (Sun) 認められる喜び、人の役にたつためだけの生き方・・・そんなのいらない!

おはようございます。
メンタルコーチ いじまけいこです。

日々生活している中の人の言動って、
どこかで「褒められたい」「認められたい」っていう欲求があるような気がする。

褒められなくても「自分がここに居ることに気が付いてほしい」というのが素直な気持ちなんだと思う。
本当は普通に愛されていたいだけなのにね。

でも、愛がうまく伝わってこないと、
なんだか「特別な存在」になるということを望んでしまうのかもしれません。
「認めて~!」「褒めて~!」「すごいんだから!」って。
 
“特別”・・・そう、自分が褒められたり、良い評価をもらったり、えこひいきされちゃうと、気分がいいし、少し誇らしく感じる。安心感も生まれるかもね。
 
そして、そうされるためには、“相手の期待に添った言動”が必要になってくる。
そうしなければ褒めてなんてもらえないものね。大変なことだわ。
 
ひっきりなしに相手や周囲の期待を察知して、その期待に添うように言動を考える。
結構やってみると大変!
だけど、そうすることで「特別感」を得られることがわかると、そこから抜け出ることなんて考えようとしなくなるという罠が待っている!
 
どういう罠かって?

それは【他人の人生を生き続ける】という罠。
他人が心地よくなるための、その人の期待値に沿って生きてしまう。
“私”を押し殺して、神経をすり減らして、他人の望むことを実現するための人生。

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じゃあ、その他人は“私”のために、私の期待通りに動いてくれるの?というと、残念ながらそうはいかない。
 
人の目が気になったり、相手に合わせすぎたりしている“私”を感じた時は、
もう少しわがままで、“私”中心に考えてもいい、って思ってみて大丈夫。
 
私が“私”のためを思って生きる人生が、かっこいい。





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